日本初開催の公式ビジネスカンファレンス『VRChat Japan Business Experience 2025』開催

VRChat Japan Business Experience 2025の開幕シーン

 2025年12月17日(日本時間)、東京都千代田区のイベント会場であるベルサール秋葉原にて、「VRChat Japan Business Experience 2025」が開催された。本イベントはVR対応SNSサービス「VRChat」におけるビジネスカンファレンスイベントとしては日本で初めてのイベントとなっており、協賛企業はかつてVRChat上でイベントを行った、あるいはイベントに協賛を行っていた企業が名を連ねている。

 日本におけるVRChatの認知は2017年末から2018年初頭においてスタートしており、その後幾多のイベントを経て企業が参画を果たす機会も増えてきている。しかし未だにその集客の可能性や今後のイベント展開において有望な会場となるのかという点は、運営元である「VRChat.Inc」からは日本国内向けに提示される事はこれまでなかったのである。

 もちろん同社がユーザー交流イベントなどに顔を出す事はあったが、それはあくまでイベント参加企業の一員としての立ち位置であり、繰り返しになるが運営元としてイベントを主催したり、あるいは法人向けのカンファレンスを開催するという事は行われていなかった。今回は運営元であるVRChat Inc.による基調講演を取り上げていくことにする。

基調講演のまとめ

 イベント開始後に基調講演としてVRChat Inc.より「Keynote: The Future of VRChat」と題してイベント主催より講演が行われた。同講演はVRChat Inc.から北庄司 英雄氏(Business Development Japan)、Casey Wilms(VP of Product)、Jeremy Muhlfelder(VP of Operations and Legal)が登壇。北庄司氏はVRChatのプレイ時間が5万時間を誇るヘビーユーザーである。

 まずは北庄司氏から、今回60社ほどの協賛が集まっている事に対して感謝の意が示された。イベントについても千代田区の後援が入っており、この手のイベントとしては「珍しい」という点を強調していた。

 VRChatは現在日本が2番目の市場となっており、米国に次ぐ規模を誇っている。同時接続社数は2021年には4万人、2023年には9万2千人、2025年の正月には13万6千人という接続社数を誇る。今年10月にはiOS版のリリースがスタートし、特に日本においてシェアの高い同プラットフォームのリリースは運営チームとしても注力していた所であるという。

 続いてCasey氏が講演を引き継ぐ事となった。同氏はもともとNetflixで10年ほど仕事をしており、VRChatには2年前から参画を果たしている。VRChatについては「子供の頃からUGCを制作するにあたり、これはお金になるのか」という疑問を氷解させる手段として見ている。

 同氏の語る所によれば、人間の行動心理に対する概念として「The Third Place」という概念が提唱されている。人間が生活する上で必要な場所として、第一は自分の家、第二は職場が挙げられる。その上で「他人とつながり、リラックスできる場所」が必要であるという話である。これがVRChatにとってユーザーに提供できるポジションとなるのではないか、と同氏は語る。

 というのも、同氏がVRChatについて右も左もわからない時代、強くインスピレーションを受けたのが、居酒屋の立ち並ぶワールドである「ポピー横丁」。そこでビール片手に多くのユーザーと語り合うというバーチャルな居酒屋体験が、同氏のThird Placeとしての概念にぴたりと合ったという事であった。

 日本においては配信者であるスタンミじゃぱん氏がVRChatを取り上げたことでユーザー数が大きく増加した一件はユーザーの記憶に新しいだろう。そして不思議な事に、それから時間が経っても、ユーザーは離れずVRChatへ「定住」する動きを見せたのである。何故人が戻って来るのか、という事に対する答えは先述の通り「ソーシャルな場所」としてユーザー同氏のコミュニケーションが醸成されたからだとCasey氏は続けた。VRChatに関しても「Live Now」の様な盛り上がっているコンテンツをピックアップする機能もアップデートで実装しており、より「コネクション」を作りやすい工夫が今後も提供されていくだろう。

 またVRChatにおけるアバター事情に関しても踏み込んでいる。VRChatにおけるアバターやデータの購入手段は複数あるが、その盛り上がりはとても勢いがあるとの事だ。VRChatにおけるアバターはファッションとして定義されるものであり、専門誌が電子書籍として刊行されたり、ファッションショーが開催されたりするほどの盛り上がりを見せ続けている。

 一方ビジネスパートナーとして提供を行う場所としても、VRChatは機能するものであると同氏は語る。ユーザーはゲームが好きであり、そういったユーザーとパートナー企業とのコンテンツを繋ぐ場所として機能させていきたいとの事であった。

 続いてJeremy氏が講演を引き継いだ。同氏は2021年よりVRChatに携わっており、BizDevチーム(ビジネス法務)の一員として勤務している。VRChat草創期の制作者であるVRPill氏も同部門には携わっている。

 日本はVRChat上では最も創造的、情熱的、先進的コミュニティのある国であると同氏は語る。初期のアバターについてはインバウンド(内製)のものが中心であったが、コラボレーションモデルも含めた「公式」のものが重要視されるようになってきた。そしてそれに伴うコンテンツ周りの規約やビジネスライクな取り決めについて、運営が公式チームとして動く必要が出てきたという事情が存在する。

 日本におけるクリエイター数は他国の合計よりも多いということで、そのクリエイティビティには驚かされるばかりであるという。そして公式チームとしては、そういった活動がよりマネタイズにつながる様な態勢を整えたいという。また企業に対してはB2B2C戦略を行う場としてもアピールを行っている。曰く「新しいオーディエンスへのリーチ拡大、既存コミュニティに対するエンゲージメント、収益源の創出といた可能性」を提供できる場であるとのことだ。ゲームやアニメといったコンテンツに対し、そこに「身体性・コミュニティ・プレゼンス(存在感)」を与えるものであるという。

 実際に「友人と好きなゲーム、アニメコンテンツに現実感をもって触れ合えるバーチャルな場」として長らく機能を果たしており、企業側にとってはこれを活かさない手はないのである。そしてそういった所にいち早く目をつけ、その萌芽を育ててきたのが日本におけるVRChatコミュニティであると同氏は続けた。また今後、チケット制のイベントについて「約束は出来ないが、実現したいと考えている」という前向きな意思を見せている。システム上実装するのが困難な要素ではあるものの、現状そういったイベントがほぼ制限された中で開催されている事を鑑みれば、公式における対応によってその敷居が下がるのはイベンターにとっては大きな利点となる。

 VRChat公式が「版権作品を改変不可として提供する市場」としてマーケットプレイスを押していくという点も強調された。パートナーシップに応じたコンテンツの展開も同社としては考えているようで、この点から見てもVRChat側が企業との結びつきを公式チームとして強く求めているという姿勢がうかがえる。2026年には特に「イベント」と「コンテンツ」に対して協力関係を求めていくとのことであり、そしてそれには日本というフィールドが大切であると講演を締めくくった。

参画する他企業の力の入れようと次回への布石

 今回のイベントに協賛を行っている企業は多いが、講演だけでなく体験展示のコーナーも併設されている。技術展示としてVRChat公式などの名だたる企業が連なる中で、株式会社KDDIテクノロジーといった大手企業の子会社も参戦を果たしている。同社はVRChat上で移動可能なワールドとして、ガウシアン・スプラッティング(3D Gaussian Splatting)を用いた自社オフィスを製作。将来的なバーチャルオフィスとして活用する事を検討している。

 株式会社大丸松坂屋百貨店は自社で制作した再現コンテンツ「石見神楽」の映像を展示。同社のコンテンツを講演内でも紹介しているが、今後ハイクオリティなコンテンツを提供していくフィールドとしてVRChatを活用していくと担当者は語っていた。

 株式会社EPSONはVRChat界隈に関わり合いのない企業であったが、「撮影している写真をユーザーが楽しんでいるならば、フォトプリントやグッズ作成に役立てるのではないか」として出展を果たしている。1週間前に掲載する為の写真を募集した所、想定以上の枚数となったため急遽大判のフォトから通常の写真サイズへと縮小し展示したという事である。クオリティの高い印刷技術はユーザー主体でのグッズ作成に対して大きなアドバンテージとなるだろう。

 VRChat Inc.は来年も同様のイベントを開催したいという事で強い意欲を示している。今後も唯一無二の市場として企業の注目を集め、大成する可能性は十二分にあるのだ。

1995年名古屋生まれ。Eスポーツニュースエディター。Eスポーツ専門雑誌の記者として5年勤務後、独立。国内外のEスポーツ業界の最新ニュースや特集記事をお届け。